「木場」の地名由来|何があった場所か
江戸の材木を貯める貯木場(木場)が置かれたことに由来するとされる。明暦の大火後に永代島へ集められ、元禄14年(1701)に現在地へ移転、元禄16年に木場町と命名。業者の新木場移転後、跡地一帯は木場公園となった。

時のながれ
- 明暦3年(1657)以後 — 明暦の大火を受け、幕府が貯木場を永代島に集めて木場を創設したとされる。
- 元禄14年(1701) — 火災対策のため、貯木場が深川の埋立地(現在の木場)へ移転。
- 元禄16年(1703) — 木場町と命名されたとされる。
- 昭和44年(1969)以降 — 江東再開発構想で防災拠点に位置づけられ、木材関連業者が新木場へ移転。
- 平成4年(1992) — 跡地一帯が都立木場公園として開園。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 地名の由来は、江東区の公式ページ2件と東京都公園協会のページで確認した。木場公園は1992年(平成4年)の開園である。
そのため、このページではこうしています
- ピンは木場公園の代表点のおおよその位置で、かつての貯木場の範囲を示すものではない。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 新木場への移転が完了した厳密な年次(昭和40年代から50年代とされる)は、確認できていない。
参考・出典
- 江東区の地名由来
江東区 - 木場公園
江東区 - 木場公園|公園へ行こう!
東京都公園協会 - 江東区のおいたち
江東区
近くの痕跡
- 富岡八幡宮と永代島(深川埋立の起点)(地の痕跡・約969m)
- 波除碑(寛政の高潮が定めた「住んではいけない」境界)(水の痕跡・約1.1km)
- 油堀川跡(油堀川公園)(水の痕跡・約1.2km)
- 東京大空襲・戦災資料センター(戦の痕跡・約1.4km)