東京大空襲・戦災資料センター|何があった場所か
1945年3月10日の東京大空襲の記録を今に伝えるため、4000人を超える人々の募金により2002年に開館した民立民営の資料館と記録されている。被災地であった北砂の地で、体験記や資料を読むことができる。

時のながれ
- 1945年(昭和20)3月10日 — 東京大空襲により江東区北砂を含む下町一帯が大きな被害を受けたと記録されている。
- 1970年(昭和45) — 早乙女勝元らを中心に「東京空襲を記録する会」が結成され、資料収集が始まった。
- 2002年(平成14)3月 — 4000人以上・1億円超の募金により、民立民営の資料館として開館した。
- 2007年(平成19)3月 — 増築工事が完成し、リニューアルオープンした。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 施設の公式サイトの沿革ページで、開館日(2002年3月9日の開館式、3月10日の一般公開)、所在地、民間の募金1億円超による民立民営の経緯、公益財団法人政治経済研究所の付属であること、2007年の増築を確認した。
現地確認: 未実施
参考・出典
- センターとは(あゆみ)
東京大空襲・戦災資料センター - 東京大空襲・戦災資料センター
Wikipedia(補助資料)
近くの痕跡
- 「砂町」の地名由来(海を拓いた砂村新田)(地の痕跡・約770m)
- 仙台堀川の埋立区間(仙台堀川公園)(水の痕跡・約984m)
- 猿江貯木場跡(猿江恩賜公園)と「猿江」の地名(地の痕跡・約1.1km)
- 「木場」の地名由来(地の痕跡・約1.4km)