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千苅貯水池と水没した波豆の金福寺跡|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-04

千苅貯水池は、神戸市が武庫川水系の羽束川と波豆川をせき止めて造った、市内最大の水道専用の貯水池である。堤高42.42メートル、堤長106.67メートルの千苅堰堤は大正8年に竣工し、平成10年に国の登録有形文化財となった。

堰堤の建つ神戸市北区道場町生野は、竣工当時は有馬郡道場村であり、神戸市への編入は昭和26年である。市がまだ市域の外に水源を求めた時代の施設である。湖面の北側は三田市と宝塚市にまたがる。

北岸の波豆は、明治42年に神戸市会で水道拡張議案が通ったのち反対の陳情を重ねた集落で、宝塚市史の資料編には西谷村長と神戸市とのあいだで交わされた照会状、補償の請求書、買収への応諾までが並ぶ。宝塚市史をもとに編まれた郷土の刊行物は、昭和4年から6年の堰堤嵩上げ工事によって、波豆村の移転家屋が22戸、水没した田畑や山林や宅地等が約23町歩に及んだと記す。

湖底へ立ち入ることはできない。ただし、沈むことになった金福寺跡の板碑と五輪塔と宝篋印塔は北岸の波豆八幡神社の境内へ移され、いずれも兵庫県の指定文化財として今も並ぶ。石造物の材となった波豆石の石切り場跡も、湖の中にあると伝わる。堰堤の上には普段は立ち入れない。堰堤前の広場は桜の名所で、毎年4月にさくらまつりが開かれる。

千苅貯水池と水没した波豆の金福寺跡の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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