← 痕跡マップ(地図)へ
戦 戦の痕跡 資料確認済み

蛤御門の弾痕と伝わる跡(禁門の変の最大の激戦地)|何があった場所か

位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-08-22
烏丸通に面して立つ蛤御門。門の奥が京都御苑(2026-08-22 撮影)
烏丸通に面して立つ蛤御門。門の奥が京都御苑(2026-08-22 撮影)

元治元年(1864)の禁門の変で最大の激戦地となった、京都御苑の西側にある門。今も門に傷跡が残り、環境省は弾傷らしき跡、京都市は扉に残る当時の弾痕と説明する。門自体は明治の大内保存事業で現在の位置へ移された。

時のながれ

現地の写真

門の脇に立つ「蛤御門」の石標(2026-08-22 撮影)
門の脇に立つ「蛤御門」の石標(2026-08-22 撮影)
現地の説明板「蛤御門」。日本語・英語・中国語・韓国語の四か国語で、門の名の由来と禁門の変を記す(2026-08-22 撮影)
現地の説明板「蛤御門」。日本語・英語・中国語・韓国語の四か国語で、門の名の由来と禁門の変を記す(2026-08-22 撮影)
柱に散らばる窪み。説明板はこれを「戦闘の際の弾傷らしき痕」と説明する(2026-08-22 撮影)
柱に散らばる窪み。説明板はこれを「戦闘の際の弾傷らしき痕」と説明する(2026-08-22 撮影)
窪みに指を添えたところ。爪の幅ほどの大きさ(2026-08-22 撮影)
窪みに指を添えたところ。爪の幅ほどの大きさ(2026-08-22 撮影)
扉の板にも同じ窪みが残る。規則的に並ぶ丸いものは扉の鋲(2026-08-22 撮影)
扉の板にも同じ窪みが残る。規則的に並ぶ丸いものは扉の鋲(2026-08-22 撮影)
蛤御門の弾痕と伝わる跡(禁門の変の最大の激戦地)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

編集部の調査メモ

このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。

資料で確認できたこと

そのため、このページではこうしています

現地確認: 実施済み

❓まだ分かっていないこと

この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。

ご存知のことがあれば情報をお寄せください

参考・出典

地図で見る →

この痕跡を掘り下げた記事

近くの痕跡

京都市上京区 の痕跡一覧を見る →

あなたの住所には、どんな痕跡が眠っているでしょうか。

あなたの住所の痕跡濃度を測る →

本ページの位置情報・年代・経緯は概略です。掲載内容の確からしさは、ページ内の根拠ラベル(資料確認済み・資料候補・伝承・噂)の区分をご確認ください。 私有地への立ち入りを目的とした利用はご遠慮ください。誤りのご指摘・削除依頼は運営までご連絡ください。