「百舌鳥」地名の由来(百舌鳥古墳群・百舌鳥耳原伝承)|何があった場所か
難読地名「百舌鳥」は、『日本書紀』に仁徳天皇陵造営中、倒れた鹿の耳から百舌鳥が飛び出したことから「百舌鳥耳原」と名づけたと伝わる。仁徳天皇陵古墳は百舌鳥耳原中陵とも呼ばれ、2019年世界遺産に登録された。

時のながれ
- 古墳時代(5世紀ごろ) — 百舌鳥古墳群が築造される。仁徳天皇陵古墳(大山古墳)は日本最大の前方後円墳。考古学的には履中天皇陵古墳より後の築造とされる。
- 奈良時代(720年) — 『日本書紀』が成立。仁徳天皇の陵地選定の際、倒れた鹿の耳から百舌鳥が飛び出したため「百舌鳥耳原」と名づけたとする説話が記される。
- 近現代 — 「もず」の表記は時代により変遷しつつ、百舌鳥夕雲町(堺区)や北区の百舌鳥各町として現在の町名に残る。
- 2019年 — 百舌鳥・古市古墳群がユネスコ世界文化遺産に登録される。仁徳天皇陵古墳(百舌鳥耳原中陵)は宮内庁管理の陵墓として非公開のまま構成資産となる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 「もず」の表記は時代によって変わってきたと堺市の資料にある。現在も堺区百舌鳥夕雲町や北区の百舌鳥各町に地名が残る。
そのため、このページではこうしています
- 堺市の資料も、百舌鳥耳原という地名が先にあり、『日本書紀』の説話は後から成立した地名起源説話の可能性があるとしている。由来は史実ではなく、伝承の域にある。
- 地名は面的な対象のため、ピンは代表点として大仙公園に置いている。なお仁徳天皇陵古墳は宮内庁が管理する陵墓で、墳丘内には立ち入れない。
現地確認: 未実施
参考・出典
- 地名のあれこれ(百舌鳥耳原の伝承)
堺市北区役所 - 地名の由来が知りたいんだけど?(広報さかい連載まとめ)
堺市 - 仁徳天皇陵古墳(大山古墳)【世界文化遺産 構成資産】
堺市 - 百舌鳥・古市古墳群 世界遺産公式サイト
百舌鳥・古市古墳群世界遺産保存活用会議(大阪府・堺市・羽曳野市・藤井寺市)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
- 「三国ヶ丘」と三国の境(市名「堺」の由来)(地の痕跡・約1.3km)
- 堺環濠都市の濠跡(土居川・内川)(水の痕跡・約1.8km)
- 旧天王貯水池(明治の煉瓦造水道遺構)(水の痕跡・約1.8km)
- 方違神社(堺市・方除けの社)(方位の痕跡・約2.1km)