「鳥越」の地名由来と鳥越の丘|何があった場所か
鳥越神社は白雉2年(651)に日本武尊を祀り白鳥神社と称したのが始まりと伝わる。前九年の役の頃、源頼義・義家父子が鳥の飛ぶ姿から隅田川の浅瀬を知って渡り「鳥越大明神」と名づけたという伝承があり、地名の由来とされる。

時のながれ
- 白雉2年(651) — 日本武尊を祀り白鳥神社と称したのが始まりと伝わる。
- 平安時代(前九年の役の頃) — 源頼義・義家父子が鳥の飛ぶ姿から隅田川の浅瀬を知って渡河し、鳥越大明神と名づけたという伝承が残る。
- 元和6年(1620) — 浅草御蔵造営の埋立用に神社の載る鳥越の丘が切り崩され、社地の多くが没収された。
- 現代 — 鳥越神社は例大祭の千貫神輿で知られ、町名「鳥越」に名をとどめる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 地名の由来として伝わる話(白鳥神社・源義家の渡河)を、台東区の公式観光サイトと文化探訪アーカイブスで確認した。
- 神社が載っていた鳥越の丘が、元和6年(1620年)の浅草御蔵造営の埋立用に切り崩された経緯も、区の公式資料で確認した。
そのため、このページではこうしています
- 座標は鳥越神社である。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 由来そのものは古代から中世にかけての伝承であり、史実として確認されたものではない。
参考・出典
- 鳥越神社|TAITOおでかけナビ
台東区公式観光情報サイト - 台東文化探訪アーカイブス 台東区の史跡・名所案内(鳥越・蔵前・浅草橋・柳橋)
台東区 - 鳥越神社
Wikipedia(補助資料)
近くの痕跡
- 浅草御蔵跡(「蔵前」の地名由来)(地の痕跡・約603m)
- 「両国」の地名由来(両国橋)(地の痕跡・約886m)
- 旧陸軍被服廠跡(横網町公園・東京都慰霊堂)(死の痕跡・約1.0km)
- 回向院(両国・万人塚に始まる寺)(死の痕跡・約1.1km)