「曽根崎」地名の由来(曾根崎洲・そね説)|何があった場所か
「曽根崎」は、古代には淀川河口の砂州(曾根崎洲)で、石が多く地味のやせた土地を指す「确(そね)」に由来するとされる。南北朝期から史料に見える古い地名で、近世には西成郡曾根崎村が置かれ、1708年(宝永5)には村内に曾根崎新地が成立したと伝わる。

時のながれ
- 古代 — 一帯は淀川河口の砂州(曾根崎洲)だったとされ、やせた土地を指す「确(そね)」が地名の由来と伝わる
- 南北朝期 — 史料に「そねさき」の地名が見えるとされる(濁らないのが古い呼び方)
- 1708年(宝永5) — 西成郡曾根崎村内に曾根崎新地が成立したと伝わる
- 1897年(明治30) — 大阪市の第一次市域拡張により大阪市に編入される
- 現代 — 梅田の繁華街の一角・曾根崎一〜二丁目として地名が残る
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 由来を「确(そね)」に求める説を辞典で確認した。淀川河口の砂洲が「曾根崎洲」と呼ばれたとされる。
そのため、このページではこうしています
- 対象は地名の由来である(曽根崎川跡・お初天神は別項にある)。
- ピンは現行の曾根崎一・二丁目の町域中心付近である。
現地確認: 未実施
参考・出典
- 曾根崎(そねざき)とは - コトバンク
コトバンク(改訂新版 世界大百科事典ほか) - 曾根崎 - Wikipedia
Wikipedia
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
- お初天神(露天神社)と曽根崎心中(噂の痕跡・約109m)
- 曽根崎川(蜆川)跡(水の痕跡・約446m)
- 「梅田=埋田」地名伝承(地の痕跡・約554m)
- 天満堀川跡(阪神高速守口線下)(水の痕跡・約664m)
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 露天神社(お初天神)曽根崎の地に鎮座する社。通称はお初天神。