第4回大阪大空襲の被災域(西淀川・天王寺・生野ほか市街周辺部)|何があった場所か
1945年6月15日朝、B29爆撃機による第4回大阪大空襲が行われ、西淀川区・天王寺区・生野区・東成区・西成区・東淀川区・北区・東区(当時)と尼崎市などが被災したと記録される。被災面積4.9平方キロ、焼失戸数53,112戸、死者477人と記録される。

時のながれ
- 1945年6月15日 8時44分〜10時55分 — B29爆撃機の編隊による第4回大阪大空襲。照準点は阪神出屋敷駅付近・金楽寺駅付近(尼崎市)、神崎大橋南詰(西淀川区)、鶴橋駅付近、天王寺駅付近の5箇所とされ、焼夷弾攻撃が行われた。
- 被害 — 西淀川区・天王寺区・生野区・東成区・西成区・東淀川区(現淀川区域を含む)・北区・東区と尼崎市のほか、堺市・布施市・豊中市・守口町など広域が被災。被災面積4.9平方キロ、焼失戸数53,112戸、被災者176,451人、死者477人、重軽傷者2,385人、行方不明67人と記録される。
- 現代 — 被災地一帯は戦後復興を経て市街地として再建され、空襲の記録は平和資料館や各区の資料に残されている。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 市民団体の解説に、1945年6月15日の午前8時44分から10時55分、死者477人などの被害数が掲載されている。被災地域図は『新修大阪市史』第10巻を基にしたものと明記されている。
そのため、このページではこうしています
- 航空機数は449機とする資料と511機とする資料があるが、出撃機・来襲機・投弾機のどれを数えるかで変わりうるため、確定できない。
- 広域の被災のため、座標は照準点の一つとされる神崎大橋南詰の推定地点である。被災の範囲を示すものではない。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 日時・被害数・照準点について、解説が基にした公刊史料や作戦報告書そのものは確認できていない。現段階では二次資料に基づく記述である。
参考・出典
- 第4回大阪大空襲
大阪市内で戦争と平和を考える会(市民サイト・小山仁示『大阪にも空爆があった』等を参考文献に明記) - 大阪大空襲 - Wikipedia
Wikipedia(脚注に小山仁示『大阪大空襲』等の一次出典あり)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 第2回大阪大空襲の被災域(此花・港・大正〜市街西部)(戦の痕跡・約3.2km)
- 「野田」地名の由来(旧湿地帯・野田藤の名所)(地の痕跡・約3.5km)
- 安治川(河村瑞賢の開削・九条島を割った川)(水の痕跡・約3.8km)
- 梅田墓所跡(うめきた)(死の痕跡・約3.9km)