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死 死の痕跡 資料確認済み

六条河原はどこにあったのか — 京都・鴨川、処刑場と伝わる河原をたどる

位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-08-22
五条大橋と正面橋のあいだの鴨川の河原。草と砂利が広がる(2026-08-22 撮影)
五条大橋と正面橋のあいだの鴨川の河原。草と砂利が広がる(2026-08-22 撮影)

五条大橋から正面橋のあたりの鴨川の河原は、平安末期から江戸初期にかけて処刑や晒しの場になったと伝わる。石田三成・小西行長らが最期を迎えた地とされ、現在は市民が行き交う河川敷が広がる。

時のながれ

現地の写真

草に覆われた河原と、対岸の家並み(2026-08-22 撮影)
草に覆われた河原と、対岸の家並み(2026-08-22 撮影)
五条大橋より北の鴨川。川に張り出した床が並び、同じ川でも様子がまったく違う(2026-08-22 撮影)
五条大橋より北の鴨川。川に張り出した床が並び、同じ川でも様子がまったく違う(2026-08-22 撮影)
遊歩道の脇にある「位置案内」のプレート。2006年に国際ソロプチミスト京都が設けたもので、現在地を正面橋、五条大橋から南へ440メートルと示す(2026-08-22 撮影)
遊歩道の脇にある「位置案内」のプレート。2006年に国際ソロプチミスト京都が設けたもので、現在地を正面橋、五条大橋から南へ440メートルと示す(2026-08-22 撮影)
六条河原(処刑・晒しの場とされた鴨川の河原)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

編集部の調査メモ

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資料で確認できたこと

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現地確認: 実施済み

参考・出典

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