鳥羽伏見の戦い 勃発地(小枝橋・鳥羽離宮跡公園)|何があった場所か
1868年(慶応4)1月3日夕刻、鴨川の小枝橋付近で旧幕府軍と新政府軍の戦闘が始まり、戊辰戦争の発端となった鳥羽伏見の戦いの地と伝わる。小枝橋東の鳥羽離宮跡公園周辺には戦跡の石碑が残り、当時を今に伝える。

時のながれ
- 1867年(慶応3)12月 — 王政復古の大号令が発せられ、旧幕府側と新政府側の緊張が高まる
- 1868年(慶応4)1月3日 — 大坂から上洛しようとする旧幕府軍と薩摩軍が小枝橋付近で対峙し、夕刻に戦闘が始まったと伝わる
- 1868年1月 — 3日間の激戦の末に旧幕府軍が敗れ、戊辰戦争が始まる
- 現在 — 小枝橋東・鳥羽離宮跡公園周辺に戦跡の石碑が建ち、城南宮にも説明板がある
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 京都市の公式で、「鳥羽伏見戦跡」が伏見区中島秋山町・小枝橋の東にあること、1868年1月3日の夕刻に小枝橋で戦闘が始まり3日間の激戦になったこと、城南宮の境内にも「鳥羽伏見の戦い跡」の説明があることを確認した。
そのため、このページではこうしています
- 開戦の地点は小枝橋の一帯とされ、石碑も複数ある。ピンは鳥羽離宮跡公園を代表点としたもので、開戦地点そのものではない。
現地確認: 未実施
参考・出典
- 鳥羽伏見戦跡|京都観光Navi
京都市(公式観光サイト) - 鳥羽伏見の戦い跡|京都観光Navi
京都市(公式観光サイト) - 鳥羽・伏見の戦い - Wikipedia
Wikipedia(補助資料)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
近くの痕跡
- 城南宮の方除と鳥羽離宮跡(方位の痕跡・約308m)
- 伏見港と三栖閘門(水の痕跡・約3.1km)
- 羅城門跡(平安京の正門・今は児童公園の石碑だけが残る)(地の痕跡・約3.3km)
- 西寺跡(東寺と対をなした官寺の跡・唐橋西寺公園)(地の痕跡・約3.5km)